人類への呪いであり、贈り物でもある精神分裂病DNAと進化論。

デイビッド・ホロビン/金沢泰子『天才と分裂病の進化論』新潮社

 面白かった。この本を読むと魚を週に2回以上は食べよう、という気持ちになる。ある意味、お魚天国よりも強烈なお魚宣伝本であるかもしれない。『さかな、さかな、さかなを食べると、気が狂わなくなる〜』という本なのである。

 以前、養老猛司氏の本の中で『精神分裂病の発症率は人口のおよそ1%』という文章を目にして、驚愕したことがある。百人に1人がこの病気になるのだ。しかもこの比率は全世界でほぼ同じらしい。精神分裂病という呼び方は、統合失調症に変わるらしいが、病気の実体は変わらないだろう。20代から30代で発病、症状は人それぞれだが、社会生活が不可能になり、精神病院に入院し、あるいは通院しながら生涯をすごす。薬物療法に良い反応を示す患者は予想以上に少なく、ほぼ5人に1人。しかも症状が好転するといっても2割ほどのことでしかない。

 驚くほど多くの患者がいて、しかも治療法が確立していない病気なのである。

 原因はいまだによく分かっていないのだが、同じ家系の人が多く発病することから、いくつかの遺伝子が関与しているらしいと考えられている。おそらく3個以上の遺伝子が関与していて、発病する人はこの遺伝子を全て持っている。しかし、問題のDNAを全て持っていても必ず発病するとは限らない。環境などの因子によって、ほぼ半数が発病するにとどまるという。

 この3つのDNAをたとえばひとつだけ、または2つ持っている場合はどうなるのだろうか。いわゆるサイコパス? 分裂傾向? そういった境界型の性格になるのだろうか。そういう例もないではないらしい。しかし同時に社会にとってきわめて有用な人物となることも多いのだそうだ。いわゆる天才もそうであるし、実業家、政治家をはじめ、各界で活躍する人物が多い。

 逆にこれらの有力者の家系には、精神を病んだ親戚が少なからずいるのも事実なのである。どうやら精神分裂症DNAは人の精神を活発にし、創造力を高めてくれるのである。もちろんそのDNAが3種類揃ってしまうと、分裂病が発病するリスクが高まるのだが。

 治療法のない精神病であるのだから、20世紀のはじめ、いや実際は1950年代まで、『断種』という解決法を考えた医師たちがいた。精神分裂病の素因はあきらかに遺伝する。であるから、その家系が子孫を作らないようにすれば、精神分裂病も根絶できる可能性がある、というわけだ。だが、精神分裂病の家系を調査すると、その多くが有力者であったり、貴族に属する家系であったのだそうである。もし、アメリカ史の始めごろに断種が行われていたら、後の建国の父たちはまったく生まれてこなかったはずなのだという。精神分裂病DNAは人類にとって、呪いであると同時に贈り物でもあったのである。

 この遺伝子が実際にどんな働きをもっているのか、それはまだ明らかになってはいない。ただ脂質に関係しているらしい。そのDNAが3種類そろったのは今から10〜15万年前のことで、人間の脳に質的変化が表れたという。人間の脳はおよそ1.5キロほどのかたまりだが、なにからできているかと言えば、要するに水と脂肪である。そのころ、人間の食性にも変化が表れた。肉や魚を食べ、脂肪を摂取するようになったのである。人間とチンパンジーの遺伝子は99%が共通と言われているが、そのわずかな違いの中に脂肪の摂取がある。チンパンジーは脂肪を好まないわけではないが、人間ほど多くは取らないしとっても皮下脂肪にはならない。チンパンジーは人間に比べるとはるかにやせているのである。人間の発達した脳、これは摂取した脂肪によって生まれるのだという。

 頭を良くするためには脂肪をとること、なのだが、とくに魚の油、DHA・EPAをとることが重要であるようだ。

 このDHA・EPAは必須脂肪酸であるとはされていない。これは体内で合成されるからである。しかし、飽和脂肪酸が多くある場合、この合成過程はあまり働かなくなるのだそうで、やはり食品からとるのが望ましいことが分かってきている。しかも、不思議なことに著者によれば、精神分裂病患者の場合、このDHA・EPAの合成が遅い、ないしほとんど行われていないのだそうである。つまり、患者の体内では深刻なDHA・EPA不足が起きているのである。

 著者らは、患者に魚油を投与することで症状の改善を得ることができたという。

 近年、日本の社会でも引きこもりといった精神分裂病傾向が伺える行動を取る人がよく見られるようになっている。またキレやすいという若者の行動や、妄想型、劇場型の犯罪が増えていることを思えば、それは日本の社会で分裂病DNAののろわれた部分が発現していることを思わずにはいられない。とすると、分裂病DNAの呪いを抑えるためにも、週に2回は青い魚を食べて、脳の健康を保つことが重要になってきている。週に2回、魚を食べると心臓病になるリスクが80%減るそうだし、老人性痴呆になる割合も激減するらしい。その上、創造力も高めてくれるという。

 回転寿司は脳も回転させるのだろうか。

○その後、次のような記事を発見した。心の健康のためにも魚を食べないと、ということ。

抑うつ・自殺願望 魚嫌いに顕著
 魚をよく食べる人は、自殺願望が格段に低く、抑うつ状態にもなりにくいことが、 フィンランドの研究者らの調査で明らかになった。 来月4日から茨城県つくば市で開かれる国際脂肪酸・脂質学会 (学会長・浜崎智仁富山医薬大教授)で発表される。
 昨年、 フィンランドのクオピオ市にあるクオピオ大精神科のA・タンスカネン医師らが中心となって、 男女の市民約3,000人(25歳〜64歳)を無作為に抽出、回答が得られた約1,800人について分析した。
 調査は抑うつ度と自殺願望について、1週間に魚を2回以上食べる人と、 それ以下の2つの群に分類、比較した。抑うつの程度は、食欲低下、 睡眠障害などを自己チェックする国際的な評価方式を用いた。その中で、「自分を傷つけたい」 と考えたことがあれば、自殺願望と評価した。
 その結果、自殺願望を抱く危険性は"魚嫌い"を100とした場合、"魚好き" は57と約半分。うつ病を発症する危険度も、魚を食べる人は63と低かった。
 魚油の主成分であるエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)は、 動脈硬化やがんの予防で脚光を浴び、精神分裂病の症状改善や、 そううつ病が再発するまでの期間を延ばす精神作用も注目されている。 魚の摂取量と自殺による死亡率の関係は、 26万5,000人を対象にした日本の疫学研究でも指摘されており、今回の研究が裏付けた形だ。

●日本でも高畑京也教授による研究があるようだ。

  Takahata K (岡山大学農学部)
 精神分裂症の患者45名が、EPAとDHAを別々に3ヶ月間摂取した。その結果、DHAを摂取した患者に比べEPAを
 摂取した患者の症状の改善度が良いことがわかった。


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